交流分析でわかった「努力しても燃え尽きる」原因。生きづらさは親から連鎖する【後編】

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↑この記事の続きです。

目次

棚卸ノート

N先生との長いカウンセリングの初日の最後に、棚卸ノートの課題が出されたんです。

これまでの人生を振り返って、ノートに書いて、自分に送ってほしい、
それを読んで、分析して回答する言われた。

その次の日からは、心が軽くなった。

俺はとにかく休もうと思った。

休んでから、棚卸ノートを書こうと思った。

「休んでから棚卸ノートを書こう、だからそれまでは休んでいいんだ」と考えると、罪悪感がなくなり、
心置きなくペルソナ4に没頭できた。

その時、ペルソナ4をやってたんだけど、
なにも心配することがなく、ゲームに熱中できる時間は楽しかった。

しかもペルソナ4なんていう超名作をこのタイミングでできて運がよかった。

俺の息子のような超リア充の主人公の青春を体験できるこのゲームが終わらないでほしいと思った。

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で、

ペルソナ4をクリアしてしまったら、
棚卸ノートを書くしかなくなった。

俺は寝て、起きたらすぐに書くと決めて、
一日の一番最初から、書いて書いて書きまくった。
自分の人生を全部、ノートにしたためてほしいってことだったんで、
過去の記憶のすべてを大学ノートに書くつもりで、
思い出したことを片っ端から書いたんだ。

大学ノート、何冊分になったんだろう?7冊?10冊?20冊?ちょっと覚えてないが、大変な量を書いた。

で、困ったことに、紙のノートに書いたところで、N先生に送れないと気づいた。
馬鹿だねー!

だから、
莫大な量の文章をパソコンのワードに手打ちで入力することになった。
最悪だった。
ものすごい時間をかかった。

入力した文字数を見たら、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」くらいの量があったと記憶している。

・・ごめん、「悪霊」と同じくらいだったかも。

とにかくドストエフスキーの長編と同じくらいは書いている。

で、メールで送ったんだけど、

N先生はあまりの文章量に驚愕していた。

この大量の文章に対して、分析をして返信をするのは無理だと言われた。

「人生の全部をノートに書いて」って言われたから、
そうしたのに、返すの無理っていわれても困っちゃうぜ。

2度目のカウンセリングにN先生はまた家に来た。

その時には、母さんは癌になっていて死が迫っていた。

癌は心が作るものなんだと思う。

N先生に出会って、「あなたのせいで子供の人生がメチャクチャになり、地獄で苦しんでいる」
ということを突きつけられた母さんの心はすぐに限界に達したのだ。

母さんはプラス思考信者であり、ありがとう教信者であった。
「私はいつもプラス思考だから強いんだ、いつも感謝しているから最高なんだ」
みたいなことを常に口にしていたが、
N先生から、「あなたが近くにいると子供が駄目になるから、離れなければならない」
と責められて、ショックを受けて、すっかり落ち込んでしまい、
ついには病気になってしまった。

薄っぺらいプラス思考では心の強さは作れない。

その2回目に家に来た時、
N先生は、俺が書いた膨大な棚卸ノートから、一箇所だけを選んで言及した。

それは、小学3年の時だった。

俺は「いつ死んでもいいな」とか「できれば死にたいな」ということを口にした。
小3の俺からしたら、当たり前だった。
そりゃそうだよな。親に愛されずに育って、学校では勉強もぜんぜんできずに毎日辛かったんだ。
生きてて辛いんだから、死にたいに決まってるだろ。

でも、「いつ死んでもいいな」という言葉を聞いて、母さんは狼狽した。馬鹿だから。
なんでそんな育て方をしていて子供が死にたいって思わないと思うんだよ。ビックリだぜ。

母さんは「反省する」みたいなことを言ったと思う。
小学3年の俺はチャンスだと思った。
義父から母さんを奪還できるチャンスだと!

その日から俺はわざと心が辛い子供を演じた。

勉強ができなくて授業が辛いので学校に行くのはホントに苦痛だったけど、
母親にふりむいてほしくて、母さんように大げさに辛い子供を演じたんだ。

そうだ。
母さんにふりむいて欲しかったんだ。
母さんにとにかく注目してもらいたかったんだな、その時の俺は。
母さんに愛されたいがために、必死だったんだ。

傷ついた可哀想な子供を演じる→母さんに愛されるっていう、やり方で、
僕は母さんをコントロールしようとした。
そうやって、義父よりも愛してほしかった
んだと思う。

これが地獄の始まりだった。

俺は地獄の蓋を開けてしまったんだ。

自分がいかに恐ろしいことをしているか、
いかに凄惨な未来が待っているか、小学3年の俺にはわからなかった
んだ。

膨大なノートの中で、
N先生が注目したのは、ここだった。

「赤フクロウくんがお母さんを支配しようとしたって書いてあったけど、
逆なんだよ。
お母さんが赤フクロウくんを支配
していたんだよ」

そうN先生は言ったが、

そんなことはわかっていた。

おいおい、膨大な棚卸ノートを読んで、言えるのはそんなことだけかい?

ガッカリした。
だって、そんなことはわかっていたから。

だって、

僕がお母さんをコントロールして味方につけようとした、あの日から、
俺のエネルギーが急激に下がっていったから。

小学3年の僕はお母さんに
「優しくして」と言うのが口癖になった。
これはきっと「義父ではなく、僕の味方でいつづけてね」っていう意味だろう。

それからは、お母さんは何でも言うことを聞いてくれるようになった。
欲しいものはなんでも買ってくれるようになった。

それまでは他所の子の家にいくと、玩具やゲームがたくさんあって羨ましかった。
俺はゲームソフトをたくさん持ってるって嘘をついていた。
当初、ファミコン本体すら持っていなかったのに。

そんな俺は物欲に飢えていて、欲しかったゲームソフトをたくさん買ってもらったんだ。
でも・・嬉しかったかというと・・なぜか、全く嬉しくなかった。

以前は、義父や母親の行きたい場所へ行って、俺は連れて行かれるだけだった。
俺の意思なんて全く聞かれなかった。
でも、お母さんが俺の言うことを聞くようになって、
どこでも好きな場所に連れて行ってもらえるようになった。
遊園地とか、ボーリングとか、動物園とかね、たくさん行った。
でも、全く楽しくなかった。

そして、俺のエネルギーが急減していく。

それまでは学校へ行けていた。
勉強が全くできなかったから、行くのは辛かったけど、休まずに行けてはいた。

しかし、学校に行くことすらできなくなった。

どんどん気力がなくなっていって、すぐに疲れるようになっていった。

学校に行かなくなって、義父と母が大喧嘩をした。

母は僕のことを「絶対に守るからね」と言った。

小3の俺は「しめしめ、義父から母さんを奪ったぞ」と思っていた。

N先生はこれを「義父から息子に乗り換えた」と言っていた。
「義父に愛されるより、息子を依存させたほうが食いっぱぐれがないから」
というような表現をN先生はしていた。

わかりやすく一言でまとめを言うと、
「親がいないと生きていけない」ようにすると、子供は無気力になりますよ、ってことだ。

一人暮らしをしたら心の問題が解決!?

N先生が言うには、
母親と離れて、一人暮らしをすること、
そうすると、孤独を感じる。
孤独を感じて、感じて、感じきると、心が自由になれる
、とのこと。

今まで自分が孤独だという真実から目を背けていた。
心の奥に眠る「孤独」という真の感情を感じることによって、心の問題が解消される
のだとか。

合宿参加

でも、
N先生と話し合って、いきなり一人暮らしは難しいから、
引きこもり支援団体の合宿に参加しようってことになった。

千葉の大きな民家でさあ、
ニートの人たちが15人くらいかな、
そんくらいの人数が集まって共同生活しているところに行ってきましたよ。

3ヶ月、知らない人との合宿と農業を体験し、
その後、親元を離れて寮に入るっていうプログラムだった。

初日から、すぐにみんなと仲良くなってさ、
ゲーマーの人がいて話が合った。
夜に、トランプとかして過ごして、和気あいあいとしていたよ。

でもね、夜になって、問題が発生した。

寝れないんだ。

俺の布団の隣では、
鬱病でずっと家に引きこもっていたという、
俺と同じで初日のAくんがグッスリ寝ていた。
彼は寝る前に薬を飲んでいた。
よく眠れる薬なのだろうか。
寝れている彼が羨ましかった。

ずっと横になっていても眠れず、
深夜、一人で居間でカール・ヒルティの「幸福論」の中に入っている
「エピクテトス」を読んでいた。

幸福論 1 (岩波文庫 青638-3) [ ヒルティ,C.(カール) ]

そしたら、虫がすごい入ってきたよ。
窓閉めてるのに、なんでだ?って思った。
で、スタッフの人にも咎められたよ、なんで寝ないんだってね。

「寝れないのは仕方ないじゃないですか。俺だって寝たいんです」
と言ったものの、
朝までずっと眠れなかった。

朝食の後、農作業をやることになっていたんだが、
全く睡眠をとってないせいか
体調が悪くなった。

かなりしんどくなってきてさ、
「病院に行きたい」って言ったが、
遠くて、車で行かなきゃならないんだそうだ。

で、病院に連れて行ってもらえなかったんだよね。
遠くて時間がかかるから、とか、寝てないだけだから横になってれば改善する、
とか、そういうことを言われた気がする。

農作業しなくていいから、休んでなさいと言われても、
気持ち悪くて、何度も病院に行きたいです、と言っても、断られた。

そしたら、突然、俺は、痙攣して、嘔吐したんだ。
朝メシ全部吐き出した。

そうして、やっと、病院に連れて行ってもらえた。

医者に事情を話すと、
「これは心身症だよ。僕の友人も同じだった。
その合宿は君には合わないよ。
家に帰ったほうがいい。
必要だったら診断証を書いてあげようか?」
と、先生は言ってくれた。
これには、救われた。ホッとしたよ。

そんなわけで、たった1日で俺はニート合宿に挫折した。

ひきこもり・ニートを集めた合宿のはずだったんだけど、
その中で一番自分が駄目なんだと感じて、ヘコんだよ。
他のみんなは普通に継続できてるからね。

広島で一人暮らし

でも、俺は自立することを諦められなかった。

母親と離れて、一人暮らしをすれば、心が自由になって、
仕事もできるようになる。
仕事をしても、挫折することがなくなる。
そう言ったN先生の言葉を信じて、
なにがなんでも一人暮らしをしなきゃならないんだと、躍起になっていた。

どれくらい一人暮らしするんですか?
と聞いたら、わからないと言われた。
5年かもしれないし、10年かもしれない・・と。

「10年何もしないで一人暮らしするんですか!?
そんなことしてたら、40近いオジサンになってしまうじゃないですか!?
ずっと10年以上一人で引きこもってた人間になにができるんですか!?」

そう聞いた俺に、

そうなったとしても、心が自由になれば、生きていけると、彼は言った。
アルバイトをして生きていけばいいと。

メチャクチャなことを言っているとは思ったが、
もう「やるぞ!」と決心していた俺は冷静ではなかった。

というわけで、2009年、物件をがんばって探した。

N先生いわく実際に下見に行くべきだ、ということで、
埼玉のアパートの内見をしたりした。

で、俺が興味をもったのが、広島のマンションね。

近くに比治山公園っていう緑がたくさんあるデッカイ公園があって、
その中に、「まんが図書館」があるんだよ。
そこが気に入った。

2009年の夏に2万円くらい使って、広島まで、このマンションを下見に行ったのを覚えている。

車でホテルまで送るっていう不動産屋の申出を断って、あたりを歩いたんだ。
引っ越す先を調べに来たんだから、どんな場所だか、知りたかった。

とても暑い日で、比治山公園の坂道を登って、汗がボタボタ垂れてきたのを覚えている。

広島名物のお好み焼きを食べて、次の日、帰宅した。

この広島のマンションでいいと思った。
母親が気軽に来れない場所、というN先生の条件にも当てはまっていたし、
散歩できる場所もあるし、まんが図書館も楽しめそうだったから。

で、実際に広島に引っ越した日が、9月4日ってわけね。
2009年9月4日。

もう絶対に家に帰ってこない決意をして旅立った。

けど、

広島に行ってから、ものすごく辛い気持ちになった。

電話でN先生に「それは一人になって、お母さんと離れて、孤独を感じているんだ。
その孤独を最後まで感じきることで、心が自由になる」と言われた。

だから、我慢しようと思ったけど、
想像以上に苦しくなった。

何もすることがなく、ただ、マンションの部屋に一人でいるだけ。
時間だけが過ぎていく。

絵を描いても、ゲームをしても、本を読んでも、苦しかった。

毎日、やることがなくて、広島の町を歩き回っていたのを覚えている。

ただ歩き続けていた。

すれ違う人は、みんな目的・やることがあるんだなと羨ましくなった。

苦しさに耐えきれなくなって、N先生に電話をするが、出なくなった。
腹がたった。
あんたが行けって言ったのに、フォローするって言ったのに、電話に出ないのか!?
まあ、なにか用事があったんだろう。
でも、当時の俺は苦しくてパニックになっていた。

で、現実逃避したい俺は、新しいカウンセラーをネットで探すようになった。
だけど、広島の近くでは、「これだ!」って思える人は見つからなかった。

それで、ふと思い出した。

26歳で、ヒプノセラピーの学校に行ってる時に、
クラスメイトから鬼才とか天才と呼ばれる凄腕のセラピストI先生の話を。

I先生に電話したらすぐにつながった。

状況を話すと、

「広島行ったって変わんねえよ。その親との関係は、どこに行ったってついてくる。
俺んとこ来いよ」

って行ってくれた。
とにかくこの広島から逃げたかった俺に口実を与えてくれる言葉だった。

そんなわけで、広島の一人暮らしは3週間で終わった。
電話に出ないN先生には、帰宅しますとメールを送った。

もう広島から帰ると決まってからは心が軽くなって初めて広島を楽しめた。
比治山公園のまんが図書館にたくさん行ったよ。

その時、読んで心に残ったのが、さそうあきらの「トトの世界」。

スリリングかつ、ショッキングな内容でさ。
続きが気になって、一気に読んじゃったよ。
広島で読んだ思い出の漫画です。


トトの世界 : 1 (アクションコミックス)

同じ作者の「神童」も面白いよ。
これもまんが図書館で全部読めた。


神童 : 1 (アクションコミックス)

帰ったのは9月25日だったかな。
夜行バスで帰ったんだ。少し寒い日だった。

そんなわけで俺はN先生のプランからも挫折したんだ。

「孤独を感じきれば自由になれる」と主張するN先生のプランを最後まで実行できなかった。
最後までやり遂げてたら、どうなっていたんだろう・・。

効果のほどはわからんが、あまりにも苦しかったから、
N先生のやり方をあなたに勧める気は全くない。

トトの世界を読んでる時に、
やっとN先生からコールバックがかかってきたけど、遅いですよ。
気持ちは固まっていたから。

人生には、勝負どころっていうのがある。
N先生は、カウンセラーとして考えが甘かった。
「ここを乗り越えなければならない」
「ここは必ずサポートしなければならない」
っていう勝負どころをわかっていなかった。
・・というか、クライアント(俺)にそこまで関心がなかったんだろう。
今更帰らないようにと説得されてビックリした。

ちなみに、この後は、I先生を雇うことになるんだけど、
彼は高いんだよね。
80万とられたよ。
天才I先生のプログラムは、芸能人や大企業経営者も参加してるらしいです。
ただ、いかに有名人が参加しているといっても、
結果を出せるかどうかは別問題ですからね。
まあ、機会があればいつか書くよ。

あ、ちなみに、ひきこもりからどうやって立ち直ったかっていうのは、
↓この記事に書いてます。

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この記事を書いた人

1979年生まれ。学校にほとんど通わず、労働経験もほぼないまま長期引きこもりの詰み状態になる。だけど一生懸命がんばって、大好きな女性と結婚し、資産形成にも成功して現在は働かずに生活可能に。今は子育てに全力投球中。本音を言うとずっと引きこもっていたいのですが?

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